はじめに 

▼ビジネスと社会性の両立は可能か

今から約20年前、28歳だった私は当時、世界最大手のIT企業から出資を受け、音楽配信で世界を目指したベンチャー企業の代表でした。初めての経営で右往左往しながら資本主義の荒波を乗り越えようと無我夢中で進む日々。しかし、その後まもなく起きたITバブルの煽りを受け、会社はアメリカのベンチャーに買収されることとなりました。

20代で経験した人生のどん底。
「もうビジネスの世界に戻ることはないだろう」と失意の日々をおくる中、私は買収された会社の仕事でサンフランシスコを訪れます。その滞在中、私はふいにある映像を目にしました。

それは、ディスカバリーストアのモニターに映し出されていた、途上国の過酷な状況を伝える映像でした。

銃を持った監視のなか強制労働で働かされる鉱山の採掘現場、
灼熱の道を素足で荷物を運び続ける無表情の子どもたち、
栄養失調の子どもを見守ることしかない大人たちの絶望的なまなざし…

ニュース番組で目にするものとも違う空気感、そしてリアリティ。
自分が今いる場所とのギャップに、言葉にならない感情が湧きあがります。この違和感はいったい何なのだろうか。
世界の現状をこの目で確かめてみたい。
その映像がきっかけとなり、私はその1年後、地球一周の旅に出ました。

旅先での経験は、私の人生観を大きく変えました。
同じ時代、同じ地球に暮らす私たちの間に、生まれた場所が違うだけで大きな格差が生まれていること。「経済のしわ寄せ」が世界のあらゆる場所に点在していることを、痛烈に感じたのです。

そして、旅を終えた時、私の考え方は大きく変わっていました。
「この現状を経済やビジネスが作り出しているなら、それはビジネスによって取り戻せるのではないだろうか。もう一度、ビジネスに理想を求めてみよう。事業と社会性が両立できることを証明してみせよう」と。

▼共感起業とは何か

それから、私にとって新しいチャレンジが始まりました。

事業と社会性の両立にこだわり、スタートアップからNPO、ローカルからグローバルまで、過去30年で関わった起業と経営は30社以上。支援してきた起業家は、500人を越えました。

また、金銭価値が評価基準のほとんどを占めるビジネスの世界で、教育や人材育成、心理や感情を取り扱う事業、また社会の課題解決などの事業に長年関わってきたことも、私を特徴づける要素かもしれません。

稼ぐことばかりが目的となった社会の価値観では、「社会をよりよくしたい」という想いが「それはビジネスではない」と否定されてしまう傾向にあります。支援者として起業家と向き合うなか、周りからの声で自分のやりたいことを諦めてしまう起業家たちにもたくさん出会ってきました。

自分が大切にしたいことを追求でき、社会も起業家も幸せになれるビジネスは、どうしたら作れるのか。
私にとっての一つの答え、それが「共感起業」です。

近年、SNSやマーケティング業界では、共感が声高に叫ばれるようになっています。しかし、「共感をつくること」がビジネスの目的になっている違和感は今も拭いきれません。

共感を得ることが大切なことには変わりありません。しかし、共感を支えていくこともビジネスの大きな役割の一つです。
みんなからの応援にビジネスで答え、その結果またビジネスが応援される。共感をめぐる循環の中で、ビジネスは持続可能に成長していくのです。

先の見えない時代の潮流にあって、社会課題もさまざまに多様化して変化しています。SDGs、エシカル、ウェルビーイングといった考え方の浸透もあり、起業家が本当にやりたいことを実践できる環境が整ってきました。
全ての人に、アクションを起こすチャンスが広がっています。

既存の社会の価値観に翻弄されることなく、自分にとって大切なことを大切にしていきたいと願う起業家たちに、私自身の経験をベースにした理論と実践法をぜひ活用してほしいと願い、この本を書きました。

▼自分も社会も大切にするビジネスを

執筆にあたっては、次のようなことに留意しています。読み進めながら、共感起業について考えを深めるヒントにしてください。

本書では、「共感=価値観の共有によって生まれる感情」と定義しています。
ですから、共感起業とは、自らの価値観を、社会や顧客の価値観と重ね合わせていくこと。
その意味で、この本はあなた自身の価値観を掘り下げ、自分の人生をどう生きるか? を問いかけるものです。起業家だけではなく、社会のために何かしたい、自分らしいキャリアで生きていきたいと考える全ての人に、この本を手にとってもらいたいと思っています。

また、本書において「価値観」と述べるときは、「ビジネスにおける社会的な価値観」という意味合いで使っています。

価値観とは、感情と同じように、グラデーションがあり複雑に絡み合っています。それをわかりやすく理解するために、「真善美」の考え方を使って整理しました。ご自身の価値観を深めるツールとしてぜひ活用してください。

近年注目を集める「社会起業家」「ソーシャルビジネス」といった言葉は、本書ではあえて使っていません。

自分の価値観を通じ、社会の価値観に目を向けることで、ビジネスは自然と形づくられていきます。NPOもスタートアップも、目指す理想や進むペースに合わせた選択肢の一つ。あらゆるビジネスは社会課題解決のために存在すると言っても過言ではなく、共感起業はこれまでの社会の価値観をアップデートするひとつのアプローチでもあると思っています。

起業とは、どんな人にも、その可能性が開かれている生き方の一つです。

社会は、あなたを待っています。
そして起業家は、仲間になってくれるあなたからの応援を、心から待ち望んでいます。

一度きりの人生をどう生きるのか? 自分自身の幸せ、社会の幸せ、そして未来の幸せをつくっていく共感起業を、今ここから一緒に始めていきましょう。

中島 幸志

共感起業を、はじめよう!

あなたと一緒に、素敵な共感社会をつくっていきたい!
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